坐っている兜跋毘沙門天が珍しい@霊宝館 de 京都・清凉寺
清凉寺の霊宝館は、毎年春季(4・5月)と秋季(10・11月)に特別公開されます。
霊宝館
館内には、棲霞寺本尊阿弥陀三尊像(国宝)、本堂釈迦如来両脇侍文殊菩薩騎獅像、普賢菩薩騎象像、釈迦十六弟子像10体、四天王立像4体、兜跋毘沙門天立像1体(ともに国の重要文化財)等が安置されている。
これらの仏像はすべて平安期に作られたものである。
また、本尊釈迦如来体内封籠品(すべて国宝)のほか、清凉寺宝物の掛軸、屏風等多数陳列されている。
※写真はすべて、書籍 「古都巡礼 京都 39 清凉寺」から拝借しました。
凛々しい阿弥陀三尊像
霊宝館に入ると左手に、とっても凛々しい阿弥陀三尊像(国宝)が出迎えてくれます

阿弥陀三尊像 国宝 平安時代
中尊の阿弥陀仏は、顔相ひきしまり、肩広く胸厚い堂々たるたくましい造形。左右の観音勢至は、密教の手印を結ぶ極めて珍しい形で他に例がありません。また、張った肩、豊かな手足に対して極端にくびれた腰は特殊で、神秘的かつ官能的な表現です。三尊ともにヒノキの一本造です。 中尊の阿弥陀如来も凛々しいけれど、もっと凛々しいのが脇侍の観音菩薩(向かって右)と勢至菩薩(向かって左)です。整った顔立ち、引き締まった体躯にうっとりです

ふくよかな文殊菩薩と普賢菩薩なんです
霊宝館に入って右手、阿弥陀三尊の正面には、文殊菩薩騎獅像(重文)と普賢菩薩騎象像(重文)が安置されています。
左:文殊菩薩騎獅像 右:普賢菩薩騎象像
どちらも 重文 平安時代
文殊像は、張り出た眼球、下ぶくれ気味の顔相と、我が国の文殊像には少ない特殊な表現です。 奝捻(ちょうねん)上人が宋国から帰国後、中国五台山の文殊像にならって造ったものとも言われます。
普賢像は、もともと密教の帝釈天像として造られたものを、後から普賢に転用したもので、象に乗った帝釈天は四例しかありません。目すじ鼻すじの凛々しい顔相の像です
「ガオ~」とでも言っているような愛らしい獅子にたいして、またしても不気味な笑みを浮かべる象です。
目が怖い

※笑う象については、こちらの記事もご覧ください。
笑う像が印象的な当尾の里の岩船寺@岩船寺 in 南山城二躯の兜跋毘沙門天
霊宝館には、二躯の兜跋毘沙門天が安置されています。一つは、もと本堂に安置されていた兜跋毘沙門天で、東寺の毘沙門天像を模したもの、もう一つは、左足を踏み下げて半跏する兜跋毘沙門天です。
兜跋毘沙門天立像
重文 平安時代
もと本堂に安置されていた毘沙門天立像。長い外套と鎧を着て、頭上には鳥をあらわす宝冠を被る。足元には地天女と尼藍婆、毘藍婆の二鬼が支える。
平安京羅城門の上に都の守護のために安置されていた兜跋毘沙門天(現在は京都・東寺に伝来)を比較的忠実のもしたものである
そして、こっちが珍しい半跏坐の兜跋毘沙門天。平成21年(2009)に重要文化財に指定されたばかりなんです。
兜跋毘沙門天坐像 重文 平安時代
左足を下げて座る半跏像の形式は大変めずらしく、当時の彫像としては唯一の現存作と見られる。
彩色は、後に補修されたものだが、その割れ目から造像当時の彩色の名残りも見られるという。
兜跋毘沙門天といえば、東寺像に代表されるように、どこかエキゾチック感たっぷりだと思っていましたが、兜跋毘沙門天坐像の方は、海老籠手や鎧を着けているのは同じですが、丸顔のせいか、あまりエキゾチックに感じません。
お茶目な四天王立像たち
どの四天王も140㎝前後と小柄で、頭が大きく、ずんぐりむっくりとした体型です。踏みつけられた邪鬼の姿がユーモラスです。
これが五臓六腑だ。
五臓六腑(模造) 国宝 北宋時代 雍熙2年(985)
原本 昭和時代(昭和31年模造) 絹製
釈迦如来像を生身の像と考える思想から、像内に奉籠された絹製の五臓六腑。
985年っていうと、日本では平安時代ですよ。当時の中国(宋時代)の医学の水準がいかに高かったかがわかります
胎内納入品は、五臓六腑だけじゃない。その数なんと26件250点。そのすべてが国宝です

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